テンション・ノート(仮)


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レイヤー

1997年

 私が彼の作品を初めて観たのは八王子にある多摩美術大学の食堂脇にあるギャラリーにたまたま立ち寄ったときのことだった。それは立体デザイン専攻クラフト専修の金工コースとガラスコースを選択した学生たちの卒業審査会場であった。どちらも極めて工芸的な技法を学ぶためのコースなので必然的にそういう作品が多かったのだが、なかには昨今の現代美術と呼ばれる分野の影響が見受けられる、良くも悪くも学生らしいオブジェも何点かあった。私にはどちらかというと彼の作品もそんな作品のうちの一つというふうに映った(彼にそのことを問うと頑なに「これは工芸品である」と言い切った)。
 彼の作品は目立たなかった。事実、見落としていく人も多くいた。立体デザイン専攻の工芸コースの制作物なのだから、当然、立体的なものが多いなか、彼の作品はとても平面的で(このことも彼は否定した)、しかも全く色づけされていない「おはじき」を大きくしたような透明なガラスの粒を、これまたなんの装飾もない大きな窓ガラスに無数に貼りつける、という仕事だったので、見事なまでに建築や風景に溶けこんでしまい、その巧みさ(?)がかえって「気づいてもらえない」という皮肉な効果を生んでいた。粒をよく見ると、蜂の巣のように六角形でそれぞれに違った形の泡がひとつずつ入っている。レンズ越しに向こうを見ているようでおもしろい。見入っていると彼に「遠くから見るように」と促された。すると後方の風景(ほとんど建築物などのない緑の残る開発中の多摩ニュータウンが広がる)と、これらのガラス玉が同化して、はっきりとその奇妙な映像感覚が浮かび上がったのだ(ここにいたってようやく彼の同意が得られた)。それは写真であったり、風景画であったり、映画のスクリーンであったり、ドットの粗いCGであったり、そのどれでもなかったりした。味わったことのない違和感だった。そしてそれは決して不快ではなく、むしろ心地のいい繊細で静かでどこかポップな感覚だった。
 混乱した頭を少し整理して彼にいくつか質問を試みたのだけれど、困ったことに私より彼のほうが混乱していて話しにならなかった。そのことをもどかしく思う私以上に彼もとてもイライラしているようだった。私にはこれだけの感覚を伝えた作品にもかかわらず、目の前を何人もの学生が素通りしてしまう。私は彼の不思議な作品と、「目立たない」ことに直面し戸惑う彼の表情に好感を抱いたのだった。