テンション・ノート(仮)


myagishita > テンション・ノート(仮) > ユキムシ


ユキムシ

1998年

 北海道では冬が近くなると「ユキムシ」が飛ぶ。雪のようにふわふわした白いわたのついたその小さな虫を見ると、もうすぐ冬だなと思うのだ。そして私は「ユキムシ」を見るたびにあの日を思い出す。あの日、私は商店街を抜けた先にある小径の入口で姉を待っていた。私達は小樽へ向かう前にロシアンティーを飲む約束になっていたのだ。思い出のあの場所で。
 「おいしい?」「うん。」私達は「アカシア」という、静かな喫茶店のいちばん奥の席にすわった。楽しそうに私を覗き込む姉の前で初めて飲むそのあまく温かい変わった名前の飲み物は、肌寒い外気にさらされ少し強張っていた私の体にゆっくりとしみ込んでいった。姉に会うのは2か月ぶりだった。函館に住む叔母が過労で倒れたので、まだ幼い従弟の世話を手伝いに行っていたのだ。
 「元気だった?」明るい、素直な姉の笑顔だ。こっちまで楽しくなってしまい、ときには照れくさくなってしまうほどの。姉がいない間に起きた我が家の他愛のない出来事について話しながら、私は眩しさをこらえるようにしてときどき姉の眼をみた。あの日の姉はいつにもまして明るかった。そして、美しかった。姉は特別、美人というわけではない。奥二重だし、鼻もあごのラインも丸い。だけど私はあの日の姉を見て本当の美しさを知った。小学生だった私には、たった5歳しか違いのない姉がとても大人びて見えた。5年たって私があんなふうになっているとはとても想像ができなかった。今から思えば、あの日は姉にとって最もつらい日だったはずなのに。いや、「だから」なのだ。
 残り少なくなった私のロシアンティーがすっかり冷めてしまう頃には、あの日の姉の過ぎた明るさや笑顔、それらに帯びた生々しいまでの美しさを私は感じとっていた。