テンション・ノート(仮)


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「試行錯誤」を楽しめることが「才能」?

2018年10月15日

 よくある話ですが私は幼い頃から絵を描くのが好きでした。「ドラえもん」や「昆虫図鑑」の模写をしたり、遠足や運動会などの時の写真を観て好きな女の子の顔を子どもなりのデッサン風に描いたり、庭に咲いた花を描こうとして手前に向いている葉っぱが上手く描けなくて泣きながら「消しては描く」を繰り返していたら本当に紙に穴が空いてしまったり。思うように描けなくてイライラして父親に八つ当たりしてしまったりもしましたが、とにかく「試行錯誤」すること自体は苦ではなかったのです。
 こうして文章を書くときも、どう書けば読む人に伝わるか?をあれこれと考えて「書いては直す」を繰り返すことが苦ではないですし、昨年始めた「俳句」も然りです。
 このウェブ・サイトはブログでもSNSでもWordPressでもJIMDOでもなく、自力でHTMLとCSSをコーディングして書いています(ご覧の通りそんなに大げさなものではありませんが)。ウェブ・サイトを作りはじめた頃はWYSIWYGエディタに頼っていたのですが、「仕事」として始めてじきにその方法に限界を感じて重い腰を上げて「手打ち」でできるよう「試行錯誤」をしながら勉強しました。また、当時、縁に恵まれて、FlashのActionScript(正確にはまだFlash4の頃の“ActionScript”と呼ばれる以前の)で世界の最先端を走っていた方とごくわずかな期間だけ職場をご一緒させていただいたのですが、当時は「魔法」にしか見えなかったスクリプティングやプログラミングに向き合い、自分でも適性はなかったと思うので人より時間はかかったものの、今はその方のやっていたことの端っこくらいは自力で書けるようになったので、適性はなくても向き合っていれば「試行錯誤」を楽しめるようになるのかもしれない、と思ったりします。
 先日、すでに4,070点ものプロダクトを世に出したという(世に出なかったプロダクトは除いて)ある特殊な背景でモノづくりをしている方のお話を聞いてきたのですが、「天才」というのは無いと思っていてそれは一流の柔道の選手は生活のすべてをかけて誰よりも多くの内容のある時間を柔道のために使っているのを目の当たりにしたからなのだ、ということを仰っていました。つまり、「試行錯誤」の圧倒的な量をこなしているということです(その選手が「楽しんでいるか?」は定かではありませんが…)。
 遅すぎるスタートですが、数年前からギターの練習を始めました。10代の終わりにアコースティック・ギターを手にしていたのですが、最近になってようやく本格的?に練習を始めたのです。10代で手にしていながらほとんど上達しなかったのはまさに「試行錯誤」を楽しむことができなかったからだと思いますが、最近、ある程度基礎ができてきたからなのか楽譜やコードフォームの本には無い音を探っては試す「試行錯誤」ができるようになってきたのです。この歳になってようやく広大で深淵な音楽の世界への旅に踏み出したとも言えるのかもしれません。音の「試行錯誤」を楽しんで、還暦ぐらいまでに「少しはギターが弾ける」と言えるようになることが目下の目標です。