石原多見子

かっぱ橋まえ田

テンション・ノート(仮)


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変人

2019年1月12日

 高校生の頃、アウトローだったんです。
 地域で2番目の進学校(2番目というのが俺っちらしく中途半端…)に入ったまではよかったんだけど、当たり前なんだけど中学までと違って同じ学力レベルの友だちたちに囲まれることになって、1年生の1学期の数学の中間テストで冗談ではなくいきなり「3点」をとって(もちろん100点満点のテストで…しかも、5点だったのを直されて減点されて…)、どうしていいのかわからなくなって完全に自分を見失いました。中学までは常にトップ10以内だった成績が、一気に常にワースト10みたいな…。
 そういう時に、ちょっとした縁で知り合った学外の友だちの女の子(今、すっごい偉い人!)に「ある人」を紹介されたんです。
 岡林信康とセザンヌをこよなく愛するヒッピーみたいなおじさんで(当時、30代半ばと記憶している)、平屋の狭い二間くらいの借家でカリンバを作って生計を立てながら、毎朝、近くの駅の前に飼い犬を連れて座り込んで、通り過ぎる通勤途中のサラリーマンを皮肉交じりにからかったりしながら、寄ってくる俺っちみたいな高校生を相手にセザンヌを中心とした芸術論を語ったりする人でした。俺っちはすぐに、毎日、早起きして、すっごいあり得ない「遠回り」をして、会いに行くようになりました。
 そのおじさんは上野の芸大の近くにもよく出没していたらしくて、当時、まだ、ほとんど無名だった(椹木野衣さんとすらまだ会う前の?)村上隆さんとも交流があったらしく、村上隆さんが芸大の日本画科初の「博士課程」に進むにあたり教授たちに土下座をしてお願いした時に見えないことをいいことにこっそりベロを出していた話、とかを面白おかしく聞かされたりしました。俺っちが「現代美術」(らしきもの)を初めて観たのも、そのおじさんに「行ってみろ」と言われた、芸大で展示されていたその村上隆さんの卒業制作?の作品で、TAMIYAの兵士のプラモデルが並べられていたり、まだ250ml缶だったポカリスエットが並べられていた、と記憶しています。
 高校卒業と同時にそのおじさんからも「卒業」して、ほとんど会わなくなったのですが、その後も、たまたま上野に立ち寄った時に出くわしたり、ごくたまに年賀状を交換したりと、ホントに細々と交流が続いています。今年も久しぶりに出してみたら、明らかにITが全く関与していない個性的な年賀状がさっき返ってきて「昨年、ウンベルト・エーコを通じて記号論と出会い、そのことがニーチェやフーコー、ハイデガー、サルトルの深さを改めて確認する契機になっています。」と書いてありました。今の俺っちなら、ちょっとは話し相手になれるかな…、と思って、久々に会いに行ってみようかと思ったり。
 皆さんには、今年は、どんな人から年賀状が届きましたか?偏屈な俺っちには、そういう人からも届きます。変人は変人を呼ぶのかもしれない。