テンション・ノート(仮)


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「熱」について考え続ける理由

2019年3月13日

 支離滅裂にいろんなことに中途半端に手を出しているようにしか見えないかもしれませんが、俺っちの中では'93年の秋(ハタチの頃)からずっと一貫して「熱」という現象?について考え続けているんです。

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 皆さんは賢いので、自分がやっていることが人々に認知されやすいように「ジャンル」とか「分野」とか「職業」とかを軸に活動されていると思うのですが、皆さんの方がよくご存知のように俺っちは変人なので、「熱」という抽象的?なことが中心になってしまうんです。当然、そういうわかりづらい活動に「パトロン」なんて現れるはずもないし、探す時間がもったいないので、その中に「熱」を見出そうとしながら(スマートフォンが発する「熱」と、インフルエンザにかかった時に体が発する「熱」を比べたりしながら)「仕事」をして食いつないでるだけなんです。

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 ある若き聡明な音楽家に「困難な人生も、こうすれば素敵に肯定できると僕は思うよ。どうかなぁ?君ならどうする?」と、ずっと話しかけられている気がするので、「俺っちならこうする!」って思いながら、いろいろなことをやってみているだけなんです。

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 「熱」すなわち「体温」は、住んでいる国とか人種とか宗教とか思想とか言語とか時代とか支持政党とか学歴とか趣味とか貧富とか家柄とかそれこそ職業とか病気とか障害の有無とか、ほとんどのことに関係なく、「生きていること」に共通することだからです。

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 「体温」は、あるのが当たり前、ではなく、ないのが当たり前だと思っているんです、宇宙の膨大な時の流れで考えると。「気象学」って、生命が誕生した経緯を考える学問だったりするんです。太陽からちょうど良い距離にたまたま惑星ができたから、みたいな。今、日本は冬で寒いですけど、10℃を下回れば寒いと言って暖房して、夏は30℃を超えれば暑いと言って冷房して、みたいなのって、宇宙から考えるとすごく微妙な間で行ったり来たりしていて、そういう微妙な「熱」の加減の中で奇跡的に生きられているに過ぎない、みたいな話なんです。そういう「熱」の微妙なさじ加減みたいなのが、ちょっとだけ狂うことで、大災害が起きて、「熱」が「体温」を永遠に奪う、みたいなことが起きているんだと思うんです。

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 原爆の熱線みたいに命を奪ったり傷つける「熱」もあるのですが、そういう「熱」をも肯定することができれば、矛盾を抱えた「生きること」も肯定できるんじゃないか?って思っているんです。

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 最初に俺っちにインスピレーションを与えてくれた宮崎駿さんは「熱風」を意味する名前のスタジオで子どもたちが「この世は生きるに値する」と思える映画をと一生をかけて奮闘してきて今なお途上にあるのです。その'93年の秋に、ガラスという「熱」によって加工する「徐冷」なんてものが必要な不思議な素材に向き合える環境にたまたま居合わせていることに気づかせてくれた、その若き聡明な音楽家もいます。1年くらい前に、これを読んでくださっている少数の方のお手元に届けたカードは、そういう先人たちへのできない俺っちなりの答えなんです(残念ながら、とても拙くはあるのですが)。「わかる人にだけ、わかってもらえばいい」みたいには、全然、考えていないんです。大事なことなので、できるだけ多くの人に伝えたい。でも、できない俺っちのやることなので、いかんせん、能力に限界が…トホホ…

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 これから俺っちは自分自身の老いや病気や貧困や思いがけない困難に向き合うことになるのかもしれませんが、成功していれば、この作品?に取り組んでやり切ったという事実がそういう時に自分自身の糧となって支えてくれると思っているんです。少しでも後悔したりネガティブなことを思ってしまったら、失敗作なんです。

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 「困難」と言うか、これを読んでくださっている皆さんにお会いした頃の俺っちにとっては「当たり前」すぎたことなので、つい、うっかり話しそびれてしまったのですが、恥じたり隠したりしている訳では決してなく、俺っちの両親は身体障がい者で、2011年に亡くなった父親は特に重度でした(俺っちが高校生の頃に、コタツの布団に足を取られて持っていた弁当をかばって転んで脚を骨折するまでは、自力で歩けるくらいには恵まれていました)。子どもというのは残酷なもので、幼い頃の俺っちはそういう実の父親をいろんなかたちで傷つけてしまいました(この歳になって、どんな風に傷ついたのか?が少しだけわかる気がする)。できない俺っちはいい大人になっても相変わらずで、Nat King Coleを愛した俺っちよりよっぽど音楽のセンスのあるそういう父親の前で唐突にギターを構えたりして、当時、まだバカデカい箱だったチューナーを指さされて「お前はそれがないと弾けないのか!」と一喝されたりしました。Nat King Coleが大好きなんだもの、そりゃあ、自分でも音楽をやってみたいでしょうよ、当てつけられたと思って嫉妬もしますよ、俺っちの何たる鈍感なことか…。ただ、そういう「事情」は振りかざすものではない。大なり小なり、誰しも、何かしらの、そういう「事情」を抱えているものだ、と、今さら思い至ったからです。先日、大学時代の恩師が「誰しも自分の事情が特殊と思いながら成長するものだ」と、こっそり教えてくれました、深謝。とにかく、そういう両親に、2浪もさせてもらった末に「美大」なるものに行かせてもらって、何をつくるのか?って。いくら鈍感でできない俺っちでも考えます!考えました!そういういろんな思いを抱えていたであろう父親の「困難な生」を肯定できるような表現でした。しかし、間に合いませんでした。2011年5月。俺っちは本当にできないので、そういう父親の「冷たくなった額」に触れた時に、やはり「熱」を「体温」を肯定すれば良いのだ、とようやく思い至りました。当の父親に見せつけられなかったのが極めて痛恨。ただ、俺っちにしてはできたと思うのですが、骨壷にガラスの粒を一つ、忍ばせました。中卒でそういう父親と結婚して2人の子どもを育てた、いろいろあったであろう母親にあのカードを観せたら静かに嬉しそうに微笑んでくれました。プロの作家としてやってらっしゃる皆さんの前で、そんな身内の話をして自己満足すぎてチョー恥ずかしすぎるけど、母親のそういう微笑みだけでお腹いっぱいな、相変わらずできない俺っちです。

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 もちろん、そういう俺っちの父親より「困難な事情」を抱えておられる方はたくさんいらっしゃると思います。でも、そもそも、「困難さ」なんて比べるものではない。

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