テンション・ノート(仮)


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「面倒くさい」は引き受けない?

2019年4月12日

 俺っちは美大でガラス工芸を専攻しました。美大では、卒業する時に、論文ではなく作品を提出します。俺っちは、2000個くらいのガラスのピースを自分でつくって提出しました。悪く言うつもりも否定するつもりもないのですが、先生に吹いてもらったガラスを提出した友だちや、工場でお金を払ってつくってもらったものを提出した友だちもいました。
 今、思えば、その頃からすでに自分の「モノづくり」と言うか「働き方」のスタンスが現れていたのだと思いますが、俺っちはそういう風に「手間と労力をかけること」に意味を見出すタイプなのだと思います。
 でも、一般社会では、そういう風に「面倒くさいことを引き受ける」みたいな働き方はナンセンス、という考え方の人のほうが多いことに、最近、この歳になってようやく気がつきました。誰も、勉強や努力をして自分の能力を磨いて(面倒くさいことを引き受けて)、その対価として報酬を受け取る、なんて発想はしないのです。それに、そんなことをしても誰も「評価」なんてしてくれないし、そんなことは一般社会では周知の事実なのです。だから皆、「いかに面倒くさいことは引き受けずに、お給料日を迎えるか?」その一点に細心の注意をはらって過ごしているのです。下手に「面倒くさいこと」なんか引き受けると、トラブルがあった時に、取れない責任を自分にかぶされてしまう。だから、最初から「面倒くさいこと」なんて引き受けない。「軽はずみに引き受けることのほうが無責任」みたいな考え方のほうが、一般的で大人な振る舞い方のようです。
 まぁ、でも、俺っちの場合、そこを変えてしまうと、いろいろなことが何か悪い方に向かってしまうような気がするので、相変わらず「“無責任にも”面倒くさいことを引き受けながら」生きていこうと思います。あっ、ある方面の方々から見ると俺っちは、「面倒を引き受けることを頑なに拒否している」ようにしか見えないかもしれませんが…。