テンション・ノート(仮)


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視線の方向

2020年7月5日(草案)

 人間関係は、お互いの「視線の方向」が合っている時に上手くいくものだと思います。
 例えば、恋をしている時は、多くの場合、相手を「対象」として見てしまいます。そういう「お互いを見つめ合う関係」は、多くの場合、長くは続きません。すぐに会話が弾まなくなると思います。俺っちは高校生の頃に、渡辺さんという人に、映画「Paris,Texas」を題材にして、そういうことを教わりました。

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 こんなところを覗いている悩み盛りのそこの若い人!意中のコの気を引きたければ、そのコの視線の先にあるモノに、全力で興味を持って実践してみるのです。そのコが、北村匠海くんに夢中なら、この夏は絶対、1人きりででも、必ずコニファーフォレストに行かなければならない。きちんと地道な練習を重ねた上で、そのコの前で、「猫」の弾き語りをできようものなら、どう転んでも会話は弾んでしまうでしょう。つまり、「視線の方向」を合わせるのは、決して、簡単なことではないのです。

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 「視線の方向」を合わせる安易なやり方は、「同じジャンル」とか「同じ分野」とか「同じ職業」とかの人に近づくことです。例えば、若い美大生同士は、「ピカソ」について熱く語り合えます。但し、ただ単に、まだ知らない故に。
 そして、「吹きガラス」みたいなことを教わっている多くの学生の視線の先には、ほぼ、必ず「工房兼ギャラリー」が…。笑 「価値観が合う」と勘違いして、あっさりと結婚にまで至ってしまいます。しかし、人間の価値観は、もっと多様で複雑だと思います。例えば、ガラスは吹くけど、「音楽性や好きな球団は不一致」みたいな感じ。本質が異なっている二人は、年をとればとる程、価値観の違いが露わになり、不仲に…。笑

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 俺っちは、高校1年生くらいまでは、理系を志望していました。しかし、そもそもの「学ぶ意義」みたいなものを見失ってしまって、勉強が捗らなくなってしまいました。「美術系」というのは、消去法で選ばざるを得なかった道だったのです。
 しかし、根本が理系だったせいか、俺っちの「視線の方向」は、二十歳の秋から、ずっと「熱という現象」に向いています。皆さんは、俺っちを、懸命に「ジャンル」とか「分野」とか「職業」とかの表面的なことに当てはめて解釈しようとするから、一向に捉えられないのだと思います。「いい年をして、まだ、自分探しをしているの…?」みたいな感じ。実は真逆で、俺っちは、とっくの昔に「一生モノの価値観」を発見してしまっていて、それ以来、全く変えてもいないし、まして、彷徨ってなんかいません。強いて「分野」と言うなら、「物理学」がいちばん近いのです。そのことは、当時、「美の設計図」として描いた時に、既に、自分のモノになっていたのだと思います。

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 しかし、そのインスピレーションを与えてくれた人のことを、何らかの「対象」として見ている感が否めなくて(実際に、Kirk Sandのギターを買ってみるくらいに)、お名前を書くことを避けてきました。その人とは、「視線の方向」を合わせたくて。ここ最近、確かに「自分の価値観」であることを痛感させられる出来事が増え、特に「本との出会い」が多くなりました。あと、「自分の耳」で選んだ、かなり良いギターを買ってみたり。だから、もう大丈夫だと思うので、ここに、その人のお名前を書かせていただくことにしました。

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 その人は、小沢健二さんです。つまり、二十歳の秋に、小沢健二さんの最初のアルバムに接して得たインスピレーションは、「熱という現象を通して、生きることについて考える」という物理学っぽい話だったのです。

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 渋谷系発の「文系物理学」みたいなのがあってもいいと思います。と言うか、あそこまで書かれると、むしろ、それが正統派じゃない?笑